読切漫画『ルックバック 』を読んだ感想

※本記事はネタバレありです。
※本記事の読了時間目安:3,4分

『ルックバック』とても面白かったです。良かったです。そして不思議です。一体なにがどうして、ここまで心を揺さぶられるのでしょう?

キャラが良いとか、物語が良いとか、絵が上手いとか…確かにそれらはその通りなのですが、そういう問題でもない気がします。

強いて言えば、〝漫画が上手い〟のだと思います。

『チェンソーマン』でも感じたところですが、言葉ではなく、〝絵で語る・伝える・魅せる〟という手法がふんだんに用いられているのが特徴的だなと思いました。

例えば、初めて藤野が京本に会い、自分がリスペクトされていたと知り、雨の中小躍りしながら帰るシーン。家に帰ってからも、シャワーも浴びず、着替えすらせず、びしょ濡れのまま執筆を再開します。

この間、1文字も存在しません。それにも関わらず、藤野の心情が、躍動が、情景が、ありありとこちらの頭と心に流れ込んできます。よっぽど嬉しかった事がよくわかります。

いえ、今までの藤野の京本に対するライバル心や、一度失った自信や地位を鑑みれば、「嬉しかった」の一言で藤野の心情が収まるはずがありません。文字通り、言葉に出来る事ではないはずです。

だからこそ、ひたすら〝絵で語る〟手法は、言葉を尽くすよりむしろ雄弁に映り、それ故に読者の心に強く訴えかけるのだと思いました。

その手法自体は何も珍しい事ではありません。ただ、藤本タツキ先生は、特にそれが上手いのではないでしょうか。

カメラアングル、画のチョイス、挿入のタイミング、コマ割り、視線誘導etc…。

私は漫画のテクニックには詳しくないため、憶測でしかありませんが、そういった諸々の巧みな技術があればこそ、この手法は映え、流れるように読み手の心に訴えかけてくるのだと思いました。

「漫画を描くのは楽しくない」「読むだけにしておいた方がいい」

「じゃあ、藤野ちゃんはどうして漫画を描いてるの?」

本編のセリフは、これが最後です。

答えを述べる代わりに、在りし日の、藤野が描く漫画を楽しそうに読む京本と、本当に幸せそうな二人の日々の画が続きます。

そして、独りになった藤野が立ちあがり、仕事場の机に向かう背中でこの話は終わります。

なんて切なくて、カッコイイ終わり方でしょう。

先に述べた手法、ここに極まれりだと感じました。本編のここに言葉を足す事は、ミロのヴィーナスに両腕を足すようなものではないでしょうか。

『背中で語れ』とはよく言ったものですが、この作品は〝背中〟が非常に印象的でした。

特に最後、藤野が京本の部屋に入るシーン。振り返ると昔、京本に書いてあげたサイン入り上着が吊るしてあります。これもまた、背中に書かれたサインです。

この時初めて、藤野の下の名前が判明するのも、素晴らしいタイミングだと思いました。しかも、その名は〝歩〟です。

京本の死で休載していた藤野は、再び歩み始めました。

この気の利かせ方が、個人的にはとても大好きです。

こういう作品に出合えるから、作品巡りはやめられない。

そう強く思い出させてくれる一作でした。

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