『人の心は映らない』

 おかしい。

 何も聞こえてこない。

『もしもーし? あれ、聞こえてる?』

 代わりに、彼女の無邪気な声が聞こえて来た。おそるおそる目を開けると、ディスプレイの中の彼女は何事も無くベッドに腰かけ、さっき蹴り入れてしまったクマのヌイグルミを膝の上に置き、ヨシヨシと撫でている。

 「え……?」
 『ん? どうしたの?』

 ベッドの下に、誰かいなかった? そんな馬鹿正直な質問を、危うく投げかけてしまうところだった。そんなピンポイントな質問、一発でアウトだ。しかし、どう考えてもおかしい。一体、何が起こってるんだ。強盗はどうした? 彼女は絶対に、強盗が見えたはずなのに。ついさっき、ベッドの下に強盗が入り込んだのを、僕はこの目で見たのに。目の前の出来事があまりにも不可思議で、すっかりとパニックは収まったが、代わりに別の混乱が僕の頭を支配した。

 何が起きているのか、自然と頭は思考を始めてしまう。強盗は、顔まで黒ずくめだった。もしや、ベッドの下が暗すぎて、完全に闇に溶け込んで気付かれなかったのか? そんなバカなことあるわけないだろうと、自分で自分に突っ込みを入れる。では他にどんな可能性があるのか。まさか、あのベッドの下には収納扉のようなものがあって、犯人はそこに入り込んでいる? 確かに床下収納の扉は、ある家にはあるが、普通は一戸建てにあるもんだろう。百歩譲ってベッドの下にそれがあったとして、あんな狭い空間で、大の男が入り込むのは現実的じゃない。エスパー伊藤並の柔軟性があれば、あるいは可能かもしれないが…。

 『おーい? ピザとりにいったのかな?』

 やはり、この説は却下だ。僕の頭は他の可能性を考え始める。

 ………そうだ、所詮この映像は、ネット経由の映像だ。現実を忠実に表示しているとは限らない。もしや僕は、強盗が侵入して来てベッドの下に潜り込む一連の流れだけ、あらかじめ用意されていた別の動画を見たのではないか? つまり何者かに、その間だけ動画を差し替えられたのだ。強盗が彼女の部屋に侵入してくる、架空の動画に。スパイ映画なんかでよくある手口だ。そして、彼女がシャワーから出て来たタイミングで、元の中継映像に切り替える。現実の彼女の部屋には、強盗なんて入って来てなかったのだ。おぉ、これなら筋が通るじゃないか!

 いや…。

 いやいや……。

 何を馬鹿な。確かにそれなら、現状を説明可能かもしれないが、新たな謎が次々と湧いてくる。そんなことを、一体誰が、なぜ、どうやってやったと言うのだ。その解を、僕は一つも思いつけない。荒唐無稽にも程がある。ダメだ、わからない。これ以上、仮説を思いつけない。余りにも不可解な現状を、僕はどうしても確認し直したい衝動に駆られた。

 「あ、あのさ、突然だけどちょっと確認いいかな」
 『ん? なぁに?』
 「真美さんの部屋ってさ、ベッドある?」
 『え? あるけど…それがどうしたの?』
 「ちょっとさ…ベッドの下、見てもらえるかな?」
 『えぇ? なに? 急に…』

 やばい、流石に不自然過ぎたか?

 「えと、いや…ほら、一人暮らしの女の子の部屋で、ベッドの下に殺人鬼が潜んでたって怖い話、あるじゃん? ふと思い出して、ちょっと気になっちゃってさ」
 『あ~、聞いたことある。怖い話思い出させないでよ! でも、ついさっきベッドの下見たんだけど大丈夫だったよ』

 そう言いつつも、僕の話で不安になったのか、ディスプレイの中の彼女はクマのヌイグルミを置き、再び地面に這いつくばる形でベッドの下を覗き込んだ。

 『はい、大丈夫! もう一回見たけど誰もいませんでした♪』
 「そ、そうだよね…はは、良かった」
 『でもさ、こんな確認方法、万が一殺人鬼がいたら一発でアウトだよね』

 そう言って彼女はクスクスと笑いながらベッドに座り直したが、僕の表情は曇るばかりだった。どうやったのか全くわからないが、強盗は本当に消えてしまったらしい。まるでマジックのイリュージョンでも見ている気分だ。そうなると、これ以上、無理に彼女を外に連れ出す必要性もない。そもそも、そんな方法、相変わらず思い浮かばない。混乱の極みにある僕は、投げやり気味に電話を切ることしか出来なかった。

 「えっと……じゃ、電話、切るね」
 『え、結局なんだったの? 緊急で渡したい物はいいの?』
 「あぁ…うん、そんな緊急でもなかったから…今度でいいや」
 『はぁ…そ、そうなんだ…』
 「じゃあ、また大学で…」
 『う、うん、またね…』

短編小説
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