『人の心は映らない』

 『えっとー…誘ってくれて嬉しいんだけど、ごめんね。もうお風呂入っちゃったから今日はムリかなぁ』

 そりゃそうか。化粧も落としてるし、風呂に入った後の外出は出来れば避けたいだろう。じゃあ、なんと言って外に連れ出そう…。落ち着け。こうして他人と話しいてる間は、きっと強盗は襲ってこないはずだ。話している間は安全だ。だから落ち着け…。

 「あ、そ、そうなんだ…。あの、実は緊急の用事なんだ。どうしても会って話したいんだけど…ダメかな?」

 用事なんて考えてないけど、そんなことは言ってられない。今すぐ彼女をそこから外に出すのが最優先だ。

 『えー? なにそれ、気になるなぁ…うーん…どうしても今日じゃないとダメ?』

 彼女はベッドにストンと腰を下ろした。ギシギシとベッドが軽く歪む。

 「あぁッ!!」
 『え? なに!? どうしたの!?』

 しまった、思わず声を上げてしまった。いま腰を下ろしたベッドの真下に強盗が潜んでいると思うと、つい声が漏れ出てしまった。変に刺激を与えて、出てこられたら最悪だ。

 「あ…あぁ、ごめん。ちょっとゴキブリが出て来たもんで…」
 『えー。部屋どんだけ汚くしてるの』

 ディスプレイの中の彼女は、愛らしく笑っている。その癒しの声が、スマホから聞こえてくる。僕が一手でも間違うと、もうこの声を聞けなくなるかもしれないと思うと、気が早って仕方ない。

 「そ、それで用事なんだけど…今すぐじゃないとダメなんだ…」
 『この電話でいいじゃん。電話じゃダメなの?』

 彼女は思い出したようにベッドから立ち上がると、冷蔵庫に向かった。強盗の姿は相変わらず見えないが、出てくる様子は無い。

 「電話じゃダメなんだ! えーと…そう、渡したいものがあるんだ」
 『なになに? 結婚指輪でもくれるの?』

 ペットボトルを片手に、彼女は小悪魔的に微笑んで戻ってくる。次の瞬間、床に置かれていたクマのヌイグルミを、あろうことかベッドの下に蹴り入れてしまった。きっと、強盗の目の前にヌイグルミが届いたことだろう。

「…ッ!?」

 寸でのところで、あげそうになる声を僕は必死に押さえる。

『あちゃ』

彼女は身を屈めて、ベッドの下を覗きこもうとする。

 「あぁ! 待って!!」
 『え? どうしたの?』

 しまった、さすがに今度は声を上げてしまった。しかし、上げないわけにはいかなかった。

 「あ、あぁ…待って……いや、ピザの配達が…来ちゃって」
 『こんな時間からピザ? 太るよー』

 彼女はヌイグルミを救出しようと、再び身を屈め始める。あぁぁ! ダメだ! しかしこれ以上、声をあげるわけにはいかない。タイミングが良すぎる。僕の盗撮がバレてしまう。だけどこのままじゃ、彼女は強盗と目が合う。自分の存在がバレた強盗は、実力行使に出るに違いない。

 いったいなんて声をかければいいんだ?
 所かまわず奇声を発してみるか?
 いや、そんなの焼け石に水だ。
 考えろ!
 彼女を止め、外に連れ出す言葉を…。
 なんだそれ? そんなのあるか!?

 彼女の動きがスローモーションに見える。それだけ僕の頭が回転しているのだ。しかし、打開策は何一つ思いつかない。ついに、彼女は床に這いつくばる形でベッドの下を覗きこみ、手を伸ばした。

 ひぃぃぃい!!
 終わった!!
 もうダメだ!!!
 完全に強盗と目が合っている体勢だ!!

 僕は心の中で叫び声をあげた。次の瞬間聞こえてくるのは、彼女の悲鳴と断末魔か。ディスプレイの中は、目も当てられない惨劇と化すのだろうか。僕は思わず目をつむり、恐ろしい現実を見ないようにした。

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