『人の心は映らない』

 『あ痛っ!!』

 突如聞こえる、彼女の可愛らしい悲痛の声。手に持っていたスマホを頭に落してしまったらしい。彼女は頭をさすりながら、スマホをベッドの上に置いた。

 棚の上に置いてあったクマのヌイグルミを手に取り、小さい子を高い高いするような形で見つめ合ったり胸に抱えたりしている。こんな少女のような愛らしい一面もあったのか。僕はより一層、彼女に夢中になった。ひとしきり愛でた後、ヌイグルミを床に置くと、彼女は画面の外へと消えていった。どこへ行くんだろう、トイレかな。

 もっとカメラが沢山あればいいのにと思う。部屋の隅々まで、トイレや風呂にまで仕掛けられたらいいのに。そうだ、ノートPCのメンテが必要と言えば、部屋にあげてもらえるかもしれない。あるいは、ルータを変えればもっとネット通信速度を速く出来るので、調べさせて欲しいとか…。部屋にあがる口実は色々と作れる。

 そんな未来に希望を膨らませていると、スピーカーからはシャワーの音が聞こえて来た。なんだ、お風呂の時間だったのか。暫しの休憩タイムだ。僕は残り少なくなった缶チューハイを飲み干し、ポテチの残りカスを口に流し込んで、おかわりを取りに席を離れようとしたその時だった。

 『カシャンッ』

 音が聞こえた。鍵を開ける音だ。僕の部屋の? いや、今の音は明らかに、スピーカー越しに聞こえた。つまり、彼女の部屋の音である。頭の中に疑問符が浮かぶ。

 確か、彼女は一人暮らしのはず。実際、ディスプレイに映るこの部屋はマンションのワンルームのようだ。だから、チャイムも押さずに入ってくるような家族も同棲相手もいない。

 では、いきなり入ってくる輩とは一体どんな人間だろう? まさか、合鍵を渡している彼氏だろうか? 僕の中に憤怒のマグマがせり上がってくる。思わず机をぶっ叩きたくなる衝動を必死に抑えていると、ディスプレイに人影が映った。

 上は真っ黒のジャンパーに、下は真っ黒のジーンズを履いている。顔は、目と鼻と口だけが露出する真っ黒なニット素材のマスク。強盗マスクと言えば多くの人が連想するであろう、アレだ。体格からして、明らかに男。しかし、この格好はどう見ても彼氏ではない。

 『フゥー…フゥー…』

 ひどい興奮状態にあるのか、ディスプレイ越しでもその息使いの粗さが伝わってくる。まともな状態、いや、まともな人間とは思えない。極め付けは、その手に大きな出刃包丁が握られている点だ。

 「は……?」

 こちらの声が向こうに届くはずないのに、つい声を漏らしてしまった口を、思わず僕は手で押さえた。

 なんだ?

 なんなんだコレは?

 一体なにが起きているんだ?

 明らかに強盗だ。盗撮していたら強盗が入ってくるなんて…。そんなことってあり得るか? いったいどれほどの確率だ? だが実際、目の前の現実として、それは起きている。

 落ち着け、まずは落ち着け。そう、何も自分の身に危機が迫っているわけじゃないんだ。必死に自分にそう言い聞かせ、深呼吸する。幸い、彼女は今シャワー中だ。まだ鉢合わせてはいない。 ディスプレイの中の強盗は、キョロキョロと部屋をせわしくなく眺めた後、目につくタンスやクローゼットを開き、中を確認し始めた。やはり、物取り目的の強盗か。どうしよう、どうしよう、そんな問いにもならない問いが頭の中を駆け巡る。まず、彼女に危機を知らせないと。

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